皆様お寒うございます・・・とご挨拶はこのくらいにして、さてさて私はただ今JM氏、伊丹さん、おおたかさん、大路さん、等さん、窪田さんという日本が世界に誇る素晴らし〜いミュージシャンとANA905便の中におります。1日遅れて、ともさんも合流ノコトアルヨ。
(え? 今度はどこに行くのかって?)よくぞ訊いて下さいました! JM氏ご一行様は、“日中国交正常化30周年”を記念して北京公演に行くのであります。
(え?? もうGLAYも浜崎あゆみも行ったからいいだろうって?) ブッブブー!
中国は文化大革命の影響で、ビートルズからも、マイルス・デイビスからも隔離されちゃっていたの。イマドキの日本の音楽に関しては、“J-POP”と“喜多郎”と、そして何故かノイズ系が人気という不思議な空洞化状態。
「21世紀、世界の鍵となるであろう国がそれではいかん! この状態を打破する為に、まずは中国のこれからを創るアーティストが本物に目覚めなくちゃ!」
という趣旨でお客様は全員アーティスト、しかも御招待!という大胆かつ画期的なこの企画を立ち上げたのは、北京駐在の日本大使館公使さまにして広報文化部長さま、おまけにベーシスト+サクソフォニストでもあるという宮家邦彦氏。実は彼、伊丹さんとは30年来、JM氏とも20年来のお友達である。
音楽を心から愛する彼は、南青山CAYでJM氏のLiveを聴いて以来、「北京の人達に純ちゃんの音楽を聴かせたい!」と、2年もの間着々と計画を進めて下さっていたのだという。
=序曲 5月の北京視察=
JM氏は、「とにかく一度北京に来てよ!いろいろ会わせたい人が居るから」という宮家氏に誘われ、5月15日〜17日、単身視察に行きました。が、出発前日あの“駆け込み事件”が起こってしまい、宮家氏は瀋陽へご出張。代わって視察をアシストして下さったのは、宮家氏の片腕、前田さんと宮家氏の奥様、みどりさん。
2人の聡明な女性を前にしながらも、JM氏はいつもの調子で、
「う〜ん・・・この国のスケール感からして、最前列には中国の伝統楽器をズラリと並べて、真ん中に僕のRhodesとラッパ、すぐ後ろにハープ4台、ハープの間に計3セットのティンパニを挟んで、その後ろにストリングスが8-8-4-4、そのまた後ろにコーラスを男女8人ずつ、壮大な曲を書いて・・・」
と言いながら絵を書いてきたそうだ。ついでに、
「もしそれが無理なら京劇の人と即興とか、雑技団とSMショーとか演りたいですね。それから、Rhodes(しかもスーツケースタイプ限定)が無いとJMサウンドにならないので、探して頂けますか?
もし無かったら、日本からレンタルしなくちゃダメかも」
だって。恐ろしや〜。
出張からお帰りになった宮家氏からは、「今回は純ちゃんのバンドだけで出来ることをしようよ」との返答。その後JM氏はロバート・ウィルソンのショー“The White Town”に追われる日々に突入!
Rhodesの事も含め、本当に出来るの?北京Live・・・。
=チン・フェイ(革斤 飛)氏の登場=
(註:“チン”という漢字がWeb上で表示できないので、革と斤の2文字で表記しています)
そんな中、9月になると新しい展開が・・・それは宮家氏が作家のチン・フェイ氏と交渉を始めてくれたのです。
宮家氏「チンさん、京劇とJAZZとの競演を考えてるんだけどさ、どうかな?」
(註:宮家氏はもちろんJM氏の音楽がいわゆるJAZZではないことを知っているのですが、チン氏に分かりやすいように、あえてJAZZという言い方をしました)
チン氏「で・・・何するの?」
「即興とか京劇以外の曲で踊ったりとか、実験的にそういうのしてみるのどうかな?」
「??? なんでJALと実験するの?」
「JALじゃなくてJAZZだよ!(笑) とにかく彼に会ってみてよ」
みどりさん「チンさん、JMさんに会いに行くときには必ず奥さんを連れて行った方がいいわよ!」
(この言葉の意味は後ほど明らかとなる)
ってな感じで、京劇との即興対決企画が始動しました。以後JM氏の資料をお届けしたりして、しばしの時が流れました。
=宮家氏とRhodes(※)=
さて、問題のRhodes(くどいようだがスーツケースタイプ限定)。中国にはまだ1台もないらしい。それでも宮家氏の情熱は冷めることを知らず、
「Rhodesのスーツケースは僕のあこがれの楽器だから、自分で買いたい気持ちもあるんだ。探してみて貰える?」
とまでおっしゃる。こうして11月のLiveに間に合うよう、購入とレンタルの二方面からRhodes探しを開始!
でもこのタイプはただでさえ市場に出るのは珍しく、購入計画は難航。レンタルの方も中国まで運ぶとなると、費用は勿論のこと保険やら何やら難しい問題が山積み。
そんなある日、「Rhodesのスーツケースタイプ、出たらしいです」というJM氏のアシスタント功刀さんからの情報!
そして遂にリストアが終わったばかりの、素晴らしく状態の良いRhodesをゲット! 晴れて宮家氏は、中国にRhodesを持ち込んだ初の人となりました。
※ちなみにRhodesの全盛期は文化大革命の時期('60〜'70年代)と重なっていて、中国には1台も在庫がないらしい上に、スーツケースタイプはもう長いこと製造中止になっており、世界中で入手困難な状況にあります。
=チン・フェイ氏、JM氏宅へ=
10月末日、デンマークから帰ったJM氏と北京から帰ったチン氏が、初めて顔を合わせる事となりました。チン氏と一緒にいらっしゃった奥様は、大学で語学の講師をなさっているのですって。チャイニーズレストランで耳にする中国語しか聞いたことのなかった私は、奥様の中国語の美しさに感動!(なんだか桃源郷に住む天女が話しているみたいだった)
さて、宮家氏からは「チン・フェイっていう京劇に詳しい作家がいるから会ってよ」とだけ聞いていたJM氏。しかーし!テーブルに着くやいなやチン氏は、2人の京劇俳優(女形と男形一人ずつ)の写真を取り出し、熱く語り始めた。男形の譚正岩さんは23歳で、日本の歌舞伎の世界でいうなら板東家や中村家に匹敵するという家の六代目。女形はあの“梅欄芳”を復活させるべくチン氏が歌手から転向させ、男性では十数年ぶりに採用されたという胡文閣さん(京劇の世界では文化革命後、女形は女性が演じているのだそうだ。歌舞伎と違いますね?)
そんな2人を捉まえて、宮家氏からもらったJM氏のCDに合わせて早速踊らせてみた、などと言っているんですけど、この人何者?
そしてよくよく名刺をみると、チン・フェイ氏とは、日中をまたに掛けて活躍する作家であると同時に、京劇振興協会秘書長でもあるじゃあーりませんか!
もう〜初めから言ってくださいよ宮家さ〜ん・・・。一方チン氏はJM氏の名刺を見るなり、“新国粋派”という文句を見つけ、「私もこれですよ」と微笑んだ(中国の人にそう言われると何故か歴史の重みを感じてしまうのは私だけでしょうか?)。
チン氏によると、京劇では古典の音楽以外を使った前例がないし、型がガッチリ決まっているので、アドリブは難しいかもしれないと言うのだが、JM氏は、
「参考になるかどうか分からないけれど、これも全部アドリブなんですよ」
とフィリップ・ドゥクフレ氏とのパフォーマンスのビデオを観せる。チン氏は"Elfin"を聴くや否や、
「あっ!この曲はすごくいい感じがします。京劇の踊りと合うと思います」
とな。反応が速いわあ〜。ということで話は盛り上がり、
「京劇の伝統的な曲を僕がアレンジして、踊って頂くっていうのも面白いですよね」
「それはいいですね。うんうん!」
奥様の通訳が素晴らしいので、もう言葉の壁はほとんど感じない。日本人と話すよりテンポが速いくらい。
なんだか京劇との競演、現実味を帯びてきましたぞ。わくわく!
=JM氏、“夜深沈”をアレンジする=
ということで、JM氏は『覇王別妃』でも使われている京劇の古典曲、“夜深沈”をアレンジすることになったのだけれど、これがすっごく大変だった。まず曲が長いし、変拍子バリバリだし、繰り返しが全然ない。リピートで行けるかと思えばちょ〜っとずつ違う。原曲を採譜する間、JM氏は珍しく頭を掻いたり、絨毯の上でバタバタと泳いだりしておりました。
しかし、さすが出来上がったアレンジは、バッサリと省略すべきところはすっからかんにしてアドリブスペースを作り、決めのフレーズはド中華で締めて完了です。
翌日、早速デモテープを聴きに来たチン氏は超興奮! このテープを持って、役者さんに稽古をつけるために北京に向かうとのこと。なんという情熱!感動でーす!
=出発前のリハーサル=
11/25、26とバンドのリハーサルが行われましたが、“夜深沈”以外の曲は皆さん楽勝です。今年はMotion Blueでのライヴもあったから記憶に新しいってわけですね。“夜深沈”は窪田さんと伊丹さんと大路さんがユニゾンでメロディーを弾くのですが、タイミングや雰囲気を掴んだらもうイイカンジ!
古典以外の方法でどうやって演るの?って感じのこの曲が、やっぱり格好良くなっちゃうこの人達の技術とセンスってすごいなあ〜と、改めて感心してしまった。
そして今は飛行機の中。飛行時間は約4時間、時差はマイナス1時間です。ちょこっとネットで北京の天気を見てみたら、最低気温マイナス11℃とか書いてあるんだけど・・・大丈夫かしら?
宮家公使様は、飛行機を降りたところまで迎えに来て下さるんだって!
なんだかゴージャスだわ〜ん。
〜その2)へつづく〜 |